2017/03/21(火)19:30〜

日本初のクラウドファンディングサービス『Readyfor』の若手女性リーダー、米良はるかさんが目指す未来とは?— WOMAN CAREER Lab. vol.4

日本初のクラウドファンディングサービスとして知られ、現在は月に200件ほど、約2億円のプロジェクトが動いている『Readyfor』。その大人気サービスを立ち上げたのは、2011年の創業当時、若干23歳だった米良はるかさんです。

「起業したかったわけじゃないし、何か夢があったわけじゃない。でも、人の夢を応援することは好きだった」と話す米良さんは、クラウドファンディングという言葉を誰も知らない当時の日本で、新しい市場を一から築き上げた若手女性リーダー。

3月21日に行われたWOMAN CAREER Lab. vol.4は、そんな若手起業家の米良はるかさんにご登壇いただき、米良さんがどのようにして起業に至ったのかや、思い描く未来のお話をしていただきました。

今回もCOMPASS編集長、SNSコンサルタントの石井リナさんにファシリテーターとしてさまざまな疑問をぶつけていただき、貴重なご意見を聞くことができた90分。その様子を、本レポートでたっぷりとご紹介します!

 

起業で社会を変えていく!若手女性リーダーが目指す未来の創り方

クラウドファンディングサービスの第一人者として

 

リナさん

それでは、さっそく自己紹介をお願いします。

 

米良さん

READYFOR株式会社でクラウドファンディングサービス『Readyfor』をやっています、米良と申します。よろしくお願いします。87年生まれなので、今年30歳になります。今までは若手起業家と言われてきましたが、石井さんのように若い人がどんどん出てきているので…(笑)。23歳の時に『Readyfor』を立ち上げて、今は60人くらいのメンバーと一緒に一生懸命頑張っているところです。

 

リナさん

READYFOR株式会社とは、どんな会社なんでしょうか?

 

米良さん

2011年にクラウドファンディングサービスの『Readyfor』を立ち上げました。

私はもともと、小さい頃から起業家になりたいという思いがあったわけではなくて、何もやりたいことがなくて…目標がないような子だったんです。でも、夢がある人のそばでその夢を応援するのは好きだなと大学時代に思って、たまたま会ったのがパラリンピックのスキーチームの荒井秀樹監督。何度も金メダルをとっているのにもかかわらず、お金がなくてチームをなかなか強くしていけないという話を聞いて、それだったら何かできることがないかなと。

ほんとうに、学生の1アイデアですよね。思いは持っていても、マスメディアとかには取り上げられないものっていっぱいあると思うんです。その人たちに共感して少しでも100円とか1,000円とかお金を援助していければ、結果的にその人たちを応援することになるんじゃないかなと思って、投げ銭のサイトを友だちとつくって。

そんな風にネットで応援できる場所があるといいなと思っていて、大学院に進んでアメリカのスタンフォード大学に留学をしたんです。

 

その時に、ネットで資金調達をするクラウドファンディングサービスを知って。

ちょうどその時、アメリカで一番有名な『Kickstarter』で2,000万円の案件が出た時でした。Facebookの個人情報の漏洩とかがあった時で、ニューヨーク大学の学生さんたちが「安全なFacebookをつくろう」とプロジェクトを立ち上げたら、それが成功して『ニューヨーク・タイムズ』の一面を飾っていたんです。

それで、学生が思いついたアイデアに世の中が共鳴してプッシュするってすごく素敵だなと思って、これは自分がやりたかったことだし、マーケットも立ち上がりつつある。ネットでクラウドファンディングと検索しても、2006年くらいの記事が1つあっただけで、それ以外は1つも出てこなかったので、日本人は誰も知らないし、これは絶対にやるしかないと思って、帰国してプラットフォームを立ち上げました。

 

そんなこともあって、『Readyfor』はいろんなことにチャレンジしたい人たちの一番そばでそのチャレンジを応援していくという仕組みでやっていて。そのクラウドファンディングの概念をもっともっと広げていって、人を応援する会社になっていきたいなと思ってやっている会社です。

今年6周年を迎えるんですけど、最初の頃は1年で50件くらいのプロジェクトしかなくて、全部で1,000万円とかだったんです。でも、今は毎月200件くらい資金調達をするプロジェクトが出ていて、毎月2億円くらいのプロジェクトが動くようになってきたので、クラウドファンディングというものをなんとなく知っている方も増えてきて、すごくうれしいなと思っています。

 

もともと会社をつくりたかったのではなくて、サービスをつくりたかったので、最初は会社をつくるのが嫌で…(笑)。だって、借金するのとか怖いじゃないですか。

それで、もともと私のメンターだった東大の松尾先生という方が、ご自身で立ち上げていたベンチャーの1つの事業として立ち上げて、3年くらいやっていたら黒字化してきたので、そのタイミングで買い取って(笑)。それで会社をつくったという、すごく調子のいいやり方でスタートアップをしました。

 

今年が6年目。メンバーは去年1年で社員を増やして年齢層も広くなりましたけど、新卒のメンバーも多いので、若い人たちが多いです。でも、最高年齢は58歳のエンジニア。すごく経験豊富なのでいいですよ、悩み相談とかもできて(笑)。

それで、代表の私が女性だということもあって、男女比は完全に半々です。女の人がうまくいくのも男性がいるからかなと思うし、男の人がうまくいくのも女性がいるからかなと思うので、チームもだいたい男女半々にしています。

私がいて、役員は男性で、その下のマネージャーは女性で…というようにサンドイッチ構造になっているので、女性の「こんなのっていいよね」というような思いっきりのよさとか、男性の「そんなこと言っているけど、どうやって実現するの?」というようなロジカルな感じが組み合わさった会社がいいなと思って、やっているところです。

 

リナさん

米良さんは、マーケットがない状態からサービスを立ち上げたということですが、市場がない状態でこの6年間、どのように成長させてきたんですか?

 

米良さん

そうですね、現在ではだいたい2.5倍くらいまで成長してきているんですが、市場がない状態なので、『Readyfor』を紹介するっていうよりはそもそもクラウドファンディングがどういうもので、どんな価値を提供しているのかをちゃんと説明していくこと。ある種の啓蒙活動が主だったなと、思っています。

 

私は学生だった当時、事業を立ち上げたこともないし、ITのスキルもないし、ビジネスのことも分かった人間ではなかったので、事業を立ち上げた後もどうすれば自分がリードしていけるのかを考えたんです。

それで、世界で一番クラウドファンディングに詳しい人になろうと決めました。当時、クラウドファンディングの中心だったアメリカで、マーケットに対してどんなインパクトを与えようとしているのかとかを論文にまとめて、寄付型、購入型、投資型といってお金の集め方をモデル化しているんですけど、そういうものを自分で名付けたりして。

定義をつくると、みんなに知っていそうと思われるんですよ(笑)。

 

リナさん

それは、わかります(笑)。

 

米良さん

それで、クラウドファンディングのことを聞きたいんだったら、私のところに来るという感じになったので、何にもなかった自分に武器ができたというところではあります。

でも、マーケットがあるところに若い人が飛び込む方が、難しいんじゃないかと私は思っていて。だって、できる人はいっぱいいるし、経験がある人の方がそのビジネスで勝てるに決まっていると思うので。そういった意味では、今はない価値をつくって、そのマーケットやビジネスのことを自分が一番わかっているということの方が始めがいがあるし、勝ちやすいんじゃないかなと思います。

チャレンジする人が、相談できる場であり続けたい

リナさん

素人的な意見なんですけど、クラウドファンディングのサイトに来てお金を出す人のモチベーションは、どういったものが多いのでしょうか?

 

米良さん

大きくは、2つあると思っています。

1つ目は購入型というもので、お金を出してくれた人に金額に応じてリターンを返すというものがあるので、ものが欲しいという理由が1つ。

それに対してもう1つは真逆で、先ほどのパラリンピックの監督のように明確な目標があって、そのための目標金額があって、「自分の夢を応援してください」と。

人って、頼まれたら断れないじゃないですか。頼む側にとってみると、頼むと相手が嫌な気持ちになるかなとか思うんですけど…たとえば、石井さんに「私もメディアを立ち上げたいんです、石井さんみたいになりたいんです」って一生懸命な後輩が言ってきたら、なんか教えてあげたくなりません?

 

リナさん

そうですね…(笑)。

 

米良さん

あれ?そんなことない(笑)?

 

リナさん

米良さんの場合、そういうことが多いんじゃないですか?

 

米良さん

そうですね。世のお金を持っている人たちは、自分がやってきたことを伝えたいんですよ。自分の経験とかを誰かに必要とされて、求められる体験ってすごく満足感があるんですよね。だから、誰かの思いに対して自分が役立てるというものは、ちゃんとギブ&テイクが発生しているもの。

それに対して、どうやって人が応援しやすいプロジェクトにしてあげるのかとか、応援しやすいような内容にしてあげるかをつくるのが私たちの仕事で。個々のプロジェクトに対してキュレーターという人たちがいて、そのキュレーターが「こんなことをやりたい」と夢を持っている人たちに対して、「こういう風にするとこういうターゲットが応援したいと思ってくれるようになりますよ」という感じに切り口をつくってあげる。

なので、お金を出す側の人のモチベーションは、何かものが欲しいというところと、何かの取り組みに対して貢献したい、参加したいという2つのものがあると思います。

 

リナさん

米良さん自身もプロジェクトに携わられているという話を聞いたんですが、どのくらいまで入って、プロジェクトのサポートをされているんですか?

 

米良さん

私は基本的に、キュレーター全員に「プロジェクト実行者の最初の味方になってください」って言っています。

それはなぜかというと、私自身が『Readyfor』を立ち上げる時に、経験もないなかでそれでもやろうと思えたのは、まわりの人の支えがあったからで。これは女子だからなのか、私がバカだからなのかわからないですけど、ぶれるじゃないですか。

 

リナさん

はい…(笑)。

 

米良さん

そんなことないですか(笑)?

やりたいと思っているのに、その方向性がぶれちゃったりとか、気持ちだけ先走って何をやったらいいのかわからなかったりとか、そういうことってあると思うんですけど、そんな時に「やった方がいいよ」って側にいてくれた人たちが言い続けてくれて…そういう意味では、日本の社会の中で私はすごくレアだったと思っています。普通だったら「それってどれくらい確信があるの?」とか、「それってマーケットはあるの?」とか、「それって意味あるの?」とか、そういうようなことを聞かれることが多い社会だなと思っていて。

でも、私のまわりはどっちかというと「やってみて失敗したらそれはそれでいいじゃん」という感じに言ってくれて。全財産をつぎ込むわけじゃないし、人生の中の1年くらいそれに注ぎ込んだとしても、まだまだ人生は長いはずだし。やらないよりやったほうがいいと私は思っていて。

だから、思いはあるんだけどぶれそうな人たちのために『Readyfor』はあると思っています

特別じゃない隣の友だちが、なにかにチャレンジしていたら自分もやりたいと思うはずだし、そういうエコシステムみたいなものを自分たちでつくりたいという思いがあります。成果報酬なので、どこからどこまでをやるかという基本はあるんですけど、「心がのって実行者のためになるんだったら何でもやってあげたらいいじゃない」という感じです。

私個人としては、実験的な意味も踏まえて、けっこうプロジェクトの一員になっていることのほうが多いですね。最初はプラットフォーム側の人として扱われていますけど、途中からチームのメーリングリストにも入ったり(笑)。

それくらい、けっこう中に入っていきます。

今まで6,000件ほどのプロジェクトを見てきたので、どんな風に進めるとスムーズにいくのかとかがわかっているので、それをさらに会社にフィードバックしていくというのを今もやっています。

そもそも、クラウドファンディングも『Readyfor』も進化している最中だと思っているので、実行者のためになることをもっともっと増やしていきたいですね。

 

リナさん

6,000件もあると、いろいろな案件があると思います。

個々のプロジェクトひとつひとつに感情移入できるのがすごいなと思うんですけど、そのエネルギーはどこから来るのでしょうか?

 

米良さん

すごくいい質問ですね。多分、うちの会社のメンバーは“誰もがやりたいことを実現できる世の中をつくる”というミッションに共感して入ってきたメンバーが多いので、小さなチャレンジも大きなチャレンジも、どんなものでも応援していこうという思いがある会社だとは思うんですね。

それでも、「このプロジェクトにどんな意味があるのかな?」というものもあるにはあるので、迷う人もいると思うんです。

でも、私は先ほどの“チャレンジする人の一番そばにいる”という自分の人生の使命をけっこう早めに決めていて。私は好奇心が旺盛でいろんな人に会うのも好きだし、新しいことをやることも好きなんですけど、私に情報が集まってくる、チャンスが集まってくる環境をつくり続けるためには、私がスタンスを決めるべきだと思っているんです。

「この話だったら、米良はるかに相談すれば何か起こるだろう」とずっと思われ続けるためには、変に手を出しちゃダメだと思っていて。

なので、どんなに小さなことでも何かやりたいと思った人がすぐに相談できる場所を作ることが、私の人生の意味だと思っているんです。もちろん、そういうことが大好きだから、いろんな人のプロジェクトを通じていろんなことを経験できて今まで飽きずにやってこられた。

だから、話が変わってくるかもしれないんですけど、みなさんも心がのることを始めたほうがいいと思います。少なくとも会社の場合は基本的に、始めたらやめられないから、飽きずにずっと楽しく、心がのっている時間をどれだけ増やし続けられるかが結果に相関するだろうと思っていて、そういう意味では自分が得意なことをずっとやり続けることがいいんじゃないかなと。

寝る間もないほど忙しかった学生時代の経験が、今に活きる

リナさん

『Readyfor』のことはまた後ほど詳しくお聞きしていければと思うのですが、ここからは米良さんが学生時代にどんな活動をされていたのかを教えてもらえますか?

 

米良さん

高校までは一貫校に通っていて外に出たことがなかったので、大学受験をして、大学の1年生の時はずっと遊んでいましたね(笑)。

それで飽きてしまって、2年生になってからはもう少し目標を持って生きていきたいなと。企画するのは好きだったので、1年の時からやっていた文化祭の実行委員とかをやったりして。

あとは、経済学部のゼミに入っていて、そのゼミが企業とのコラボレーションをたくさんやるゼミで。その提携先の企業にナイキジャパンがあって、そのマーケティングマネージャーに可愛がってもらっていて、「インターンに来ない?」と言ってもらえたので、2年の終わりから3年の終わりまで1年間くらいナイキのマーケティング部にいました。

3年の夏くらいに私のメンターの東大の松尾先生に出会って、テクノロジーとかスタートアップに興味を持ち始めたので、3年の時はすごく忙しかったですね。

週3回インターンでナイキに行っていたんですけど、ナイキはインターンをとったことがなかったので仕組みもないし、やることもないのに、朝10時から夜までいなくちゃいけないから自分で仕事を見つけてやって、そのあとに学校でゼミのプレゼンをしてという感じで。それ以外の日は東大に行ってビジネスの仕組みを勉強したり、サービスをつくったりで、ほとんど寝ていないという感じで。

でも、楽しくってけっこうパラレルにやっていました。そんななかで一応文化祭の実行委員とかもやっていたんですけど、さすがに行けなさすぎて怒られて「もう来なくていい」って言われてさらっと抜けたという感じで…。

ナイキの仕事は楽しかったですね。高校まで一貫校に通っていて、大学も私立だったから、周りは自分の生き方と近い人が多かったんですけど、ナイキジャパンに入ってからはその部署が“東京のカルチャー=ナイキ”というものをつくり出そうとしていて…。

 

リナさん

すごくおもしろそうですね!

 

米良さん

マーケティング部のメンバーは私を入れて4人だったんですけど、そのメンバーですべてのイベントに顔を出して、一緒に遊ぶ。それをひたすらやり続けていたんです。その一方で私はITとかテクノロジーを勉強していたので、マーケティングってもっと分析できるし測れるし、これからはITだなと思って、そっちに行ったんです。

でも、今考えたらナイキでのことがすごく生きていて、そこにいる人たちにほんとうに信頼されて、そこで一緒に文化をつくっていくというのは、すごく大事だなと。

 

リナさん

テクノロジーとかも見ながら、人付き合いみたいなところも自然とされていて、今に生きているところがあるんですね。

 

米良さん

そうですね、当時はあんまりわかっていなかったんですけど。楽しくやっていただけでした(笑)。

 

リナさん

そのあとに、『あの人応援チアスパ!』に行かれたのでしょうか?

 

米良さん

はい。それで、松尾先生のところのラボにいて、いろんなものをつくってエンジニアの人たちと遊んでいたんですけど、その延長線上で先ほどのパラリンピックの人たちと会って、「お金がなくて」という話を聞いたので、「それなら、みんなでネットでお金を集めればできるじゃん」という感じでつくりました。

 

リナさん

そのあとに大学院に進まれたということですが、具体的にはどんな勉強や活動をされていたんですか?

 

米良さん

『あの人応援チアスパ!』の経験があって、ネットで人を応援するというものがおもしろいなとは思っていたものの、だからといってビジネスをやったこともないし、もっとプログラミングとかテクノロジーのことを勉強したいと思って、メディアデザイン研究科というところに入ったんです。でも、学生はけっこうモラトリアムっぽいなと思って、どうせならもっとがっつり勉強したいなと。それで、シリコンバレーにあるスタンフォード大学に行って、プログラミングの勉強とアントレプレナーシップの勉強をしました。

 

リナさん

そのあとに、松尾先生の会社で『Readyfor』を立ち上げて、良きタイミングで引き取ったということですね?

 

米良さん

そうです(笑)。

 

リナさん

その辺がすごくもめそう…というか、難しそうだなと思うんですけど、そんなことはなかったんですか?

 

米良さん

なので、今も投資家として入ってくれています。もともとそのオーマ株式会社が、ある種のプラットフォームというような会社だったので。松尾先生は今いろんな学生とかを応援することをやっていて、私はその走りのような感じですね。

日本を、世界で一番チャレンジしやすい環境にしたい

リナさん

なんだか米良さんは、いい意味で男性っぽいですね。バイタリティーがあるところとか、まっすぐなところとか…

 

米良さん

(笑)。一応シリコンバレーに行ったので、プラットフォームを大きくしてインフラにしたいという思いが強くあったし、そのために企業という手段を選んだと思っているので、あんまり自分がこうなったら幸せだなというような自己実現を求めて仕事をしてはいないですね。

女性の起業家数って、男性と比べてすごく少ないわけじゃないし、増えているんですよ

でも、従業員数が2人以上になると1%とかになっちゃう。なので、いわゆる個人事業主のものを登記しているというパターンが多くて、スタートアップも全然いないし。起業したとして、インフラまで持っていこうとする女性起業家は少ないし、でも、そこまで行くかどうかは好きかどうかという話になると思いますね。

 

リナさん

米良さんは、60人ほどのメンバーを抱えていらっしゃるんですよね。そのくらいの規模になると、他にあまり女性の起業家は聞いたことがないですよね。

 

米良さん

そう、『Wantedly』の仲さんくらい。仲さんがまだFacebookにいて私が学生の頃に出会って、年齢的には仲さんの方がちょっとだけ上なんですけど。でも、もっと増えるんじゃないですかね。

だって、こんなに少ない理由はないじゃないですか。男性の中にも「もっと個人的にやりたい」という人もいると思うし、「もっと世界制覇したい」という人がいるように、男女とか関係なくなってきそうですよね。

 

リナさん

『Readyfor』を立ち上げられてから、ダボス会議にも出られたと思うんですけど、そこでは具体的にどのような体験をされたのですか?

 

米良さん

『Readyfor』を立ち上げて1年くらい経った時に、ダボス会議に呼ばれたんですが、これもほんとうにラッキーだったんです。今、世界の人口の半分が25歳以下なんですよ。なのに、ダボス会議参加者の平均年齢は確か60歳とかで…でも、ダボス会議は一応未来を考える会議なんですよ(笑)

「60歳が未来の話をしてもしょうがないんじゃないか」ということをリーダーのクラウス・シュワブさんがちゃんと気付いたんです。それで、「世界中の20代をとにかく連れてこよう」と決断したらしくて、私も東京の20代の中にピックアップされて。突然、英語でメールが来て、「シュワブ氏が、明後日東京にくるから来なさい」という感じでした(笑)。

それで会場に行ったら、「世界平和が〜」みたいな話をされて、エントリーシートを書かされたんです。その時には30人が集まったんですけど、その中から5人が選ばれてダボス会議に行って。ダボス会議には、世界40か国70人の20代が集まってきたんです。全体の比率は、9割男性、1割女性なんですよ。

でも、さすがに私たち20代は半々にしようということだったんですけど、そうなると世界で目立っている20代の女性ってほとんどいない。だから、なんの実績もなく選んでもらえたんです。

ダボス会議では、国家間のいろんな外交の話だったり、自分の国を背負ってきている人たちがいるので、なんとなく空気を読みながら話をするんですけど、20代の子たちは普通に友だちになって朝まで飲んだりしていたんです。

昔よりも留学も行きやすくなったし、国同士がつながりやすくなったからこそできる世界平和というか、国に関係なくみんなで支え合うというのがリアルに感じられたのがよかったなと思っています

もう1つ思ったのが、ダボス会議はセッションがいろいろあって、自分で選べるんですよ。その中にランチセッションみたいのがあって、それは企画をする人が招待状みたいなものを送るんです。

インドから来ている子たちも何人かいたんですけど、その子たちはほとんどのランチセッションが埋まっているんですよ。それこそ、ビル・ゲイツとかはその子と2人でランチセッションをしているんです。

それを見て、日本はポテンシャルがないんだなと

お金が集まっていろんなチャンスがあったバブルの時代とは違って、日本はマクロで見ると、そんなにチャンスがあるわけではないということをちゃんと考えたことがなかった。でも、先進国が外から期待されることと途上国への「投資しておけば、化けるかもしれない」というポテンシャルの違いを感じたんです。

だからといって私は暗い話をしたいわけではなくて…日本にもチャンスはあるし、日本が世界の中で1番チャレンジしやすい環境になればいいなと、その時に思いました

 

リナさん

『Readyfor』を通して実現したい世界というのは、今のところに通じるんでしょうか?

 

米良さん

そうですね。まさに、チャレンジャーが自分のやりたいものに一歩を踏み出す時に『Readyfor』があるから踏み出せたという人を増やすのが、私のやりたいことだと思っています。

男女に関係なく、やりたいことはやった方がいい

リナさん

今はたくさんの人がクラウドファンディングを知っている状況で、トライできる環境が増えていると思います。この市場の変化を、米良さんはどう見られていますか?

 

米良さん

そうですね、クラウドファンディングというキーワードを知っている人はおそろしいほどに増えました。

でも、知ってはいるけどそこで何かができると感じている人は、ほんとうに一部しかいないと思っています

お金を集めるということで、それを歓迎するという文化がこれまではなかったので、そういう意味では「こんなのもあるくらいだから、私もやってみよう」という状況にはなっていないので、もっともっとハードルを下げていきたいし、こういう会話の場を通じて身近になってもらって、ここで出会ったメンバーと一緒にプロジェクトをやろうというようなことが起こっていってほしい。

1度チャレンジャーになった人は支えられたことがある人なので、人がチャレンジすることをあんまり否定できないと思うんです。なので、チャレンジャー側をどんどん増やしていくことによって、応援する側も増やしていく。そういうことをやりたいなと思っています。

 

リナさん

米良さんご自身のことでも、会社のことでもいいのですが、今後こういうことをやっていきたいなというようなことは具体的にありますか?

 

米良さん

いっぱいあるんです。昨日も電車のなかで、こんなにやりたいことがいっぱいあるのに、みんなどうしているんだろうなって考えていたくらい…(笑)。

この場で言うとしたら、先ほど「男っぽい」と言われたように、私は女性のチャレンジャーが少なすぎると思っていて。やった方がいいんですよ、やった方が得

女性というだけで目立てるので、チャンスも広がるし。若いという要素があれば、なおさら。こんなに女性が優遇されている状況のなかで自分のやりたいことを試せる。そんな時代に生まれていることは、すごくハッピーなことだと思うから、女の人がやりたいなと思うことに向き合って一歩踏み出すことを応援することはもっとやりたいと思っているので、何かあったら相談してもらいたいなと思います。

それから、私はまだ子どもがいないんですけど、もしできたとして、その子どもや孫が日本にいる時に選択肢の少ない国になってほしくないんです。選択肢が広い国であってほしいなと思っているので、そのためには経済をよくしないといけないと思っていて。そうなると、ビジネスが生まれやすい環境にしなければいけないので、チャレンジャーを応援する環境があることが大事で。

チャレンジャーには、そばにいるパートナーが大事だと思うんです。男性でも、女性でも頑張る人の隣には、パートナーがいて、そのパートナーが、チャレンジャーの一歩踏み出す事を否定してはいけないって思うんです。なので、パートナーの理解を上げる事お大事だと思っています。こういう風に社会がなったらよくて、そのソリューションはなんだろうということを勝手に考えていて、そういう人たちと、今の私の立場を使ってコラボレーションしていって、いろいろなことを実現していくのが楽しいなと。

 

リナさん

今の話をしながら、経営者のところをまわったら、結構口説かれそうですよね(笑)。

 

米良さん

30前でなくなりました(笑)。冗談ですが、でも、私はたった一度の自分の人生のなかで、いろんな人たちといろんなことをやりたいから、今のポジションを通じてそれをできているのはほんとうに幸せだし、男女関係なくいろんなコラボレーションをできるのは楽しいなと思いますね。

 

 

こうして、米良はるかさんと石井リナさんによるトークセッションが終わりました。米良さんにはそのあと、会場の参加者からの質問に答えていただきました。ひとつひとつ真剣に答えてくださり、会場中が真剣そのもの。参加者の方も得るものが多くあったのではないでしょうか。米良さん、本日はほんとうにありがとうございました!

 

次回は、ソニーで働きながらご自身の会社も経営されているパラレルキャリア女子、正能茉優さんが登壇されます。ぜひ、次回のレポートもお楽しみに!