2017/04/21(金)19:30〜

田端信太郎氏が語る、スマホ全盛期の今、マーケターが持つべきユーザー接点の考え方 —田端信太郎さん MARKETERS CAMP TOKYO vol.6

「未来のCMOを目指すあなたに」という趣旨で、3か月間にわたり行われてきたMARKETERS CAMP TOKYO。

これまで、SNSライティングについてやWeb広告の今についてなど、さまざまな視点からマーケティングについて学ぶ会を開催してきましたが、いよいよ最終回を迎えました!

4月21日に行われた第6回目のゲストは、LINE株式会社上級執行役員の田端信太郎さん。

「IT業界で知らない人はいない」とも言われているほどの田端さんは、リクルートを始め、NTTデータやライブドアなどさまざまな企業をわたり歩き、多くのメディアを立ち上げ、運用されてきました。

 

今回は、そんな田端さんに「スマホ全盛期の今、マーケターが持つべきユーザー接点の考え方」と題して、お話ししていただきました。普通に過ごしていては見過ごしてしまうようなところに、マーケターとして鋭く切り込んでいく田端さん。

その多角的なお話を、リクルートの新規事業開発室に所属する古川がモデレーターとしてより深くお聞きしていくイベントとなりました。その当日の様子を、本レポートではたっぷりとご紹介します。

 

田端さんは、新卒で株式会社NTTデータに入社。その後、リクルートへ。

ネットバブルがはじけ、それなら「紙で勝負しよう」と立ち上げたのがフリーマガジン『R25』。創刊後は、広告責任者を務められました。

 

2005年には、株式会社ライブドアに入社。約1年後にライブドア事件が起こり、その後はメディア事業再生に従事されました。区切りがついたところで、有限会社コンデネット・ジェーピーに入社され、雑誌『VOGUE』や『GQ JAPAN』などのメディア展開をリード。

 

2012年には、現在勤めていらっしゃるLINE株式会社(元・NHN Japan株式会社)に入社。現在は、LINEをマーケティングのツールとしてマーケターに売り込む立場にいらっしゃるとのことです。

マーケティングとは何かを定義するのではなく、本質を見る

 

よく、「◯◯マーケティング」ってあるじゃないですか。

「コンテンツマーケティング」とか、「インバウンドマーケティング」とか。それらを勉強すること自体が悪いわけじゃないんですけど、ラベルではなくてその背景にある“哲学とか思想”みたいなものを、どれくらい自分のものにできるか、血肉にできるか、みたいなものの方が本質なのかなと思います。

 

たとえば、ブロガーやパワーユーザーを巻き込んで「インフルエンサーマーケティング」がどうのこうのってやっているのは一見新しい手法のように思えるけど、何十年も前からあったわけです。ビートルズが『パワー・トゥ・ザ・ピープル』って曲を歌っていますけど、そんなようなかたちで消費者の中の熱心なファンを巻き込んで製品作りをすることは、昔からあったんです。

 

たとえば、マウンテンバイク。

あれは最初、オフロード用の自転車じゃなかった。普通の自転車を、好きな人が自分で改造して作っちゃったんですよ。それをメーカーが見て、「これはいい」と。それで結局、オフィシャル商品になった。そういった事例は山ほどあるんです。

 

先ほどの話に戻ると、「インフルエンサーマーケティング」とか「動画マーケティング」とか言葉は何でもよくって、生産者だけではなく“ハイエンドのセンスがある消費者とどうやってコラボレーションして一緒にものづくりを行うか”そんなテーマがあるとしたら、インフルエンサーマーケティングという言葉は2、3年したら古い言葉になるかもしれないけど、僕が今言ったことは、100年経っても企業は悩んでいると思う。

 

僕も正直に言うと利用する時もありますよ、スマホのマーケティングだとか、「O2O」、「AI」とか流行り言葉を使うことも。実際にクライアントがそれを求めたりするから。

 

でも、たとえばヤクザ映画で親分が子分を殴るシーンがある。それは、子分が覚せい剤をやったから。それで親分は、「シャブっていうのは他人にやらせるもので、自分でやるバカがいるか!」って。

 

これと同じことで、僕は売り込む側のマーケターなので、はっきり言って「インフルエンサーマーケティング」とか、「ブロガーマーケティング」とか、そういうものにあんまり夢は見ていないんです。

だから、「消費者を巻き込んで一緒に製品作りをするべきですよね」っていう考えには同意しますね。

 

最近でいうと、女性誌の『VERY』はブリヂストンと組んで、3人乗りのおしゃれな自転車を作っています。それはそれでいいと思うんだけど、この構造自体は30年前にある手法とあんまり変わらないわけです。

 

古いかもしれないけど、マイケル・ジョーダンがナイキの『エア・ジョーダン』を履いていた。だから、マイケル・ジョーダンもインフルエンサーなわけですよね、バスケ界においては…。

そういうことを考えたら、本質自体は変わっていないんだけど、その時代その状況で文脈が変わるから、少し変わるように見えるだけ。

なので、定義論として深く考えるのは、僕にとってはどうでもいいというか…、突き放して見ているところがあります。

消費者として一流じゃないと、一流のマーケターにはなれない

 

マーケティングって、オーケストラみたいなところがあるなと僕は思うんです。

オーケストラの指揮者って、バイオリンを弾かせたらバイオリニストよりうまいわけではない。でも、世界の有名の楽団でも指揮者が「こうじゃないといけない」とか、「もう少しゆっくり弾け」とか楽団のプロの演奏者に指示する。

 

何が言いたいかというと、マーケティング全体のプロデューサーのような立場になっていきたいのか、それとも、職人のようにある分野に特化したマーケターになりたいのか。

それはどっちが上でどっちが下でもないんだけど、CMOは明らかに前者のオーケストラの指揮者。

だから、本当にCMOを目指すんだったら、ひとつの分野しかわからないのではレベルが低いと思うんですよ。上に行けば行くほど、どれくらい発想を広げて考えられるかが大事です。

 

たとえば、みなさんがユニクロのCMOだとするじゃないですか。ユニクロって、どうもイメージが上がりきっていない。

たとえば「ユニクロのブランドイメージを上げる方法を考えてくれ」って、ユニクロの柳井さんに言われたとしたら、みなさんはどうしますか?

 

ハイエンドのファッション誌で特集を組むとか、有名なモデルに来てもらうとかありじゃないですか。

でも、実は全然違うやり方もあって。

 

ユニクロは、セオリーという会社を買収していますよね。だから、ブランドイメージを上げるんだったらユニクロ自体をどうこうするよりも、たとえばエルメスを買収したっていいわけじゃないですか。それで、「そういうブランドイメージの高い会社が、ユニクロも作っています」って言ってもいいわけじゃないですか。

こうなると、マーケティングというよりもM&Aとかファイナンスと一緒。

 

それはそれでありだし、その方がよっぽど早くブランドイメージは上がるかもしれない。そういうことを考えずに、「ファッション誌で特集を組んで、◯◯さんに着てもらうしかないなあ」とかっていうのを否定はしないけど、本当のイケているCMOから見ればちょっとダサいことなんです。

 

マーケティングとは何かっていうことをビジネス的に考えるのもいいけど、僕はマーケティングってもっと下世話なものだと思っていて。欲望を扱うものだと思うんです

みなさんは、今日のイベントに何を求めて来ましたか?

たとえば年収を上げたいとか、暇だから来てみたとか。あるいは、出会いを求めに来たとか…。金曜日の夜に時間をさいてわざわざこういうところに来て勉強していると思っているけど、実は「合コンだったらチャラい出会いしかないけど、こういうイベントだったら自然な出会いがあるかも」とかっていうような期待を胸にしている人もいるかもしれない。もちろん、そうじゃないかもしれないけど…(笑)。

 

何が言いたいかというと、みなさんはコンビニに行って、『お〜いお茶』か『伊右衛門』か、どちらを買うかを必ず決めている人って少数派じゃないですか、何となく選んで買いますよね。

断言しますけど、今の消費行動の8割くらいは、実は消費者自身がなぜそれを選んだのかがわかっていない

後づけで自己正当化することはあっても、買う時には無意識に決めているんですよ。その無意識の深層心理にどう訴えかけるかというのも、マーケティング。

だから、自分自身の行動をよく観察したり、自分自身の心の中の汚い部分とかどす黒い部分、せこい部分や嫌な部分を観察することがすごく大事ですね。

 

後は、マーケティングっていっても2層のレイヤーがあって。

マーケターとかCMOっていうと、個人のことを指しているわけじゃないですか。

ところが、こういうところでマーケティングについて語ると、企業の戦略としてのマーケティングの話になるんですよ。でも、実は個人としてのマーケターの利害と会社の商品やサービスが成功するかどうかの利害が、完璧に一致することはありえない。

 

だから、どことは言わないけれど、「広告賞とかを取るような大きな案件をやった」というようなことを手柄にして、給料が上がるような転職をして、マーケティング部長だったのが、次の会社でCMOになるとかいると思うんです。

でも、それから1年か2年経つと、その広告賞を取ったような案件は全然ダメになっていて…、みたいな、ある種の踏み台にするというようなことがあるじゃないですか。

それは、個人としてのマーケターのセルフマーケティングというか、プロフェッショナルという意味で自分をどうマーケティングするかには成功かもしれない。でも、会社としてはたまったものじゃないっていう案件が、世の中にはいっぱいあると思うんですよね。

 

それで、みなさんはどっちのつもりで今日のイベントに来ていますか?

 

これは、真面目な人ほど自分の野心とか、自分がどう思っているのかと向き合っていないんですよね。

マーケティングは“欲望を仕組み化して刺激し、潜在的な欲望を顕在化し続けること”であると言ってもいいかもしれないし、“それを満たしてあげること”と言ってもいいかもしれない。だから、欲求や欲望に関してまずは逃げられない。常に人の心の中にはよくわからない欲望みたいなものがうごめいているっていうことに対してのイマジネーションというか、興味関心みたいなものを持たないとダメなんじゃないのかな。消費者として超一流じゃないと、マーケターとして一流にはなれないんです。

業界評価はどうでもいい、という思いの裏側にある思い

 

僕は、「広告賞はクソだ」とかを言うのが好きなんですよ(笑)。

あれって、自己満足でしょ。

「あれをクライアントとかが見て、どうなんですか?」とかって、イベントで言うのが好きなんですけど、それはある意味自分の「スタンドプレー」。

だから、「業界評価なんかはどうでもいい」っていうことを業界のイベントで言うってことは、「お前らよりも俺の方が上だぜ」っていうような評価を上げたいという僕の中のジレンマというか…、逆説的な思いがあるわけじゃないですか。

そういうことをモヤモヤと考え続けること自体が、マーケティングだと思っていて。

 

たとえば、24時間、常にかっこよくあろうと考えていることは、すごくかっこ悪いわけじゃないですか。

裏返って「どうでもいいぜ、格好なんて」って言って、プライドも恥も捨てて、「俺はこれが好きだからやっているんだ」っていう姿勢が、実はめちゃくちゃかっこいい、みたいな。

「常にこういう逆説みたいなものと向き合わないと」って言い続けるのが、マーケティングの仕事なので、文字通りにしか解釈できない優等生だと、マーケターとしてはあるレベルまでしか行けないんです。

 

みなさんは、マーケティングは手段だと思いますか?それとも、目的だと思いますか?

どっちが正解なのかは決まらないと思うんですけど、そういう黒か白か、男か女かみたいなところで、ああでもない、こうでもない…みたいな、そういうことを考え続けた方がおもしろい。

 

メディアサイドから見るクライアントは、攻略しがいのある存在

 

日本の広告とか、マーケティング業界の構造的な問題なんですけど、8割くらいの大多数の企業は、マーケティング部の人間が3、4年くらいで入れ変わるじゃないですか。

それは人事制度とかがあるからしょうがないことなんだけど、そうなるとどうしてもマーケティングのプロは育たない。もちろん、いいところもあります。マーケターの人間が製造ラインのことを知っていれば、他の企業とは違うマーケティングができるかもしれないから。

 

でも、どうしても「私はマーケティングのプロとして食っていくんだ」という気構えを持ってマーケティングをやっている人って、少ないんですよ。

そうなると、結局は提案する時に「同業他社ではどうですか?」とか「他の事例はどうですか?」とか、自分がプロとしてリスクのある判断を、自分の判断においてするっていうことをできる人が本当に少ない。

多分、10人の中に1人か2人かな。本質的じゃないそういうことばかり気にして、同業他社に出遅れないように失敗もせず…。かといって、他社と同じことをやっているんだから抜きん出る成功もなく…、なんとなく安全運転でやっている、みたいな人が大半なんですよね。

 

最近は、「デジタルシフト」とかってクライアントの社長が言うんですよ。

それはそれで悪いことじゃないけど、現場は困っていて。要は、何にどうお金を使ったら良いかわからないのに、「これくらいの金額を使えって上から言われています」って現場が言うわけです。そういうところの案件もやらないわけではないんだけど、その半年後とか1年後とかに「費用対効果が合っていない」とか言うわけですよ。

 

それは、お金を使うこと自体が目的になっているから。手段と目的がごっちゃになっているからなんです。こういうことをやっているところが多いから、ネット広告は予算の10%を超えているか超えていないか、くらいかな。

 

そうすると、一部のECとかゲーム系とかはクライアントの発注者が完全にその責任を負ってプロでやっているから、手ごわいんです。

でも逆に言えば、効果さえ見合えば青天井でいくらでもお金を出してくれる清々しさもあるし、何がダメだったのかっていうフィードバックも率直に来るし…。だからある意味では仕事をしていてやりやすいし、フェア。

だから、自分自身の判断はどこにあるの?って、いつも思うんです。自分で判断して責任を負えればいくらでも社内の予算を引っ張ってこれるし、そういうクライアントは真剣勝負ができる相手だなと思います。

 

「流行っているあれをやりたい」という相談はナンセンス。

でも、こういうクライアントが多い。

だからなるべく、本質的に価値のある方向に誘導してあげることも、僕たちの大事な仕事なんです。

 

LINEは、公式アカウントは300社くらいになって、大手の企業にはだいたい入りました。

先端的な、業界の2番手。

2番手だからこそリスクを取っていろいろと新しいことをやって、王者に挑むっていう構図がどの業界にもあるじゃないですか。そういうところからまずは入っていって…というのをやるんですけど、日本の闇は深いなと思ったことがあります。

 

ある日、LINEの公式アカウントを使っている会社に毎月何百万円という請求をしていて、それなのに発信が全くないクライアントがあることに気づいたんです。でも、ちゃんとお金も振り込まれている。だから営業的には問題ないというか、不正ではないんです。

それでクライアントの担当者にいろいろ聞いてみたら、「他の件も合って忙しいので放置していました」って言うんです。これはもしかしたら、短期的に見るとおいしいお客さんなのかもしれない。

ところが長期的に見ると、こういうクライアントがどんどん増えていったら…怖いことですよ。だって、クライアントが1年後とかに費用対効果の分析をしたらどんな結果になるかは、火を見るよりも明らかじゃないですか。それで「LINEはダメだなあ」って言われてしまう。

 

そういうクライアントを、「ちょろいな」って思っている代理店の営業とかがいる。でも、それは健全なことじゃないですよね。今日のイベントに来るような意識の高い人には考えられないと思うんですけど、大概の人はこういうイベントに行かないし、それで中の上くらいの人事評価が取れたらいいと考えているサラリーマンが多いのが現実なので…そことどうやって向き合うか、ですね。

 

CMOには、オールマイティー派と職人派の2種類存在する

 

マーケターとしてプロになるには、「なりたい」とか、「なれる」とか気構えを持つ。

それでいいとしても、そういう人は全体の2割もいないですよね。

まず、「なりたい」と思っている人が少ない。そこから先は、狭き門という感じはしないんですけど。でも、最近少しいいなと思っているのは、PARCOにいらっしゃった島袋さんっていう方は、PARCOの店にもともと勤めていたんです。3、4年前にデジタルマーケティングの部署に来て、LINEとかいろいろやって、「マーケティングっておもしろい」と。

でも、1年くらい前に、専門的なデジタル/マーケティング以外にも、ジェネラリストとしてのキャリアをもつため、会社からは、店舗への辞令がでました。そこで彼は何を思ったかというと、「この会社を辞めて、デジタルマーケターとして生きていこう」と思ったわけです。

それで今は、キリンのデジタルマーケティングの部署にいるんです。そういう事例がちらほらと出だしたことは、いいことだなと思っています。でも、これが数千人くらいの規模にならないと、オリンピックを挟んでネット広告がテレビの広告を抜いて…、ということになっていく時に、業界全体として心許ないなあという気はしています。

 

今、世の中にCMOは2種類存在しています

典型的なものは、たとえばトイレタリーの業界のマーケティングをやっている人が、消臭剤とかそういう商品のマーケティングをしていて、シャンプーのマーケティングもできる。それで突然、食品メーカーに行ってシリアルのマーケティングとかもできる。そういう、再現可能な専門性にお金が払われている人。

 

もう一つのパターンは、もしかしたら自分はマーケターだとは思っていないのかもしれないけど、車のメーカーとかに多いタイプ。

要は、その車を誰よりも愛しているとか。エンジンなどのスペック、技術へのこだわり自体がマーケティングになるような、コアなブランドバリューになる場合には、そのマーケターは一日中、車のことばっかり考えている車好きだったりする。そういう人は車の業界ではすばらしいかもしれないけど、たとえば化粧品のマーケティングをやってほしいと言われても無理ですよね。

このふたつのパターンはどっちが上でも下でもないんだけど、CMOを目指すのなら、どちらなのかは決めたほうがいいと思います。

 

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのCMOをしていた森岡さんという方がいるんですけど、数学マーケティングの本で『確率思考の戦略論』というものを書いています。サイエンスのマーケターを極めると、こうなる。サイエンスなので、同じような商品ジャンルだったら何でも当てはまると思います。

あと、これとは全然違うタイプで、スティーブ・ジョブス。あの人は、多分マーケターなんだろうね。iPhoneとかiMacとかの最初のマーケティングを考えた時には、まさしく製品のコンセプトだったり、そこに込められている思いだったりとか、あるいは発表会のあり方とかスライドの作り方とか、そういうこと自体がマーケティング。

ただ、あの場合はマーケティングだけが独立して存在しているというわけではないじゃないですか。

たとえば彼がもしも今生きていたとして、Googleに転職してAndroidを売り出したら、みなさんどう思いますか(笑)?売れないよね、多分…そういうことなんですよね。それは、どっちが良いも悪いもないんですよ。

ユーザーインサイトは、抑圧されて語りえない本音のこと

「インサイト」って何だと思いますか?

洞察。これは、ビジネスのスクールだったらほとんど正解です。

「インサイト」って、インしているものをサイトする=見るっていうことだから、箱の中に入っているものを開けずに知るというようなことなので、正解なんです。

 

でも、「ユーザーインサイト」の場合、人間ですよね。人間の場合は、顔があって皮膚があって、笑ったり泣いたりするわけじゃないですか。ところが、本当の「インサイト」っていうのは顔を見るんじゃなくて、心の中を見るということなんですよ。これは、めちゃくちゃ難しい。

 

言っておくけど、いわゆるビジネス的なマーケティングは知っておいて損はない。だけど、たとえば銀行員の若い男性を集めてグループインタビューとかをして「新聞を読みますか?」って聞くと、「日経新聞読んでいます」って言うんですよ。でも、入社1年目とか2年目だと、ちょっと中にまで入り込んで「繰延税金資産とかって…」って聞くと、もうわからないわけです。

多分、日経新聞を読んでいる人のレベルの中でも、「金利が上がると債券価格は上がりますか?下がりますか?」とか、そのレベルが分かっていない人は3分の1くらいいる。僕なりに「インサイト」を訳すと、“抑圧されているがゆえに語りえない本音のこと”だと思っています。

 

でも、ホワイトカラーの真面目なサラリーマンには、新聞は読まないといけないっていう抑圧が未だにあるのかもしれない。そんなに新聞読むことが大事だったら、「ちゃんと定時の勤務時間の中に30分新聞読む時間を取ってください」とか、「購読代を会社で持ってください」とか言いたくなる気持ちもあるじゃないですか。でも、ほとんどの人が見出しくらいしか読んでいない、中身をちゃんと理解していない、それなのに日経新聞読んでいるってことが一種のステータス。そういう意味があるから、一応読んでいる。

 

だから「インサイト」っていうのは、生身の人間と向き合った時に、その人の頭の中や心の中に本当は何があるのか。箱だったら開けて見ることができるけど、人間の頭の中を開けて見ることはできないし、実は自分自身ですら自分のことがよくわかっていない。そういうことに対してどのくらい「イマジネーション」を持てるかが、「インサイト」っていうことなので。

 

よく、「コンシューマーインサイト」とか「ユーザーインサイト」とかさらっと書いてあったりするんだけど、そういうことを上辺でわかったふりして話している人に対して、「あなた、今マーケターとしてなんとなくわかっているように見せたいっていうインサイトがありますね」って言ってしまう(笑)。

それくらい、ある意味では意地悪だったり、ものすごくいやらしいことなんですよ。そこまで捉えないと、本当に真に迫るマーケティングにはならないと思います。

 

先ほどの日経新聞の話のように、だいたい消費者はグループインタビューで本音は語らないです。男性の場合、「新聞は読みたくない」とか「わからない」とかは、プライドが高くて言えないですよ。だいたい、初対面の人に対して自分の本音をペラペラ話すわけがないじゃないですか。それに、こうあるべき自分の姿と実際の自分の姿の区別もなかなかできていなかったりするから。

ユーザーインサイトから考える“カップルはなぜ、温泉旅館に行くのか

 

「ユーザーインサイト」の話で僕が好きなのは、“カップルはなぜ、温泉旅館に行くのか”という話。

旅行雑誌の『じゃらん』が出たのは90年代初頭で、バブルがはじけた直後。当時、伊豆とか鬼怒川、熱海とかの温泉旅館は閑古鳥が鳴いている状態でした。それで『じゃらん』のある営業マンがある旅館の露天風呂に南京錠をつけて、紙とバインダー買ってきて、1時間くらいで入れ替わり立ち替わり、貸切でお客が入れるようにしたらいいということを提案したんですよ。

みなさんは、カップルが温泉旅館に来るのは何を求めているかわかりますか?

だいたい1泊4、5万円くらいするような高級な層向けの部屋だと部屋に露天風呂がついていたりするんですけど、1泊1万円くらいの部屋には、露天風呂なんかついていない。そうすると何が起こるかというと、お風呂の時にはカップルは男湯と女湯に分かれるわけですよ。これ、ロミオとジュリエットみたいに悲劇ですよね(笑)。

 

そこで、温泉の定評価値は何だろうと考えるわけです。

 

温泉は効果効能よりも、カップルで来たら一緒に入れるか入れないかの方がよっぽど気になるわけですよ。それを今までもみんな感じていたかもしれないんだけど、温泉旅館のオーナーに対して「どうして男女一緒に入れないんだ!」って怒る人はいなかった。それを言う方がおかしいじゃないですか(笑)。

 

でも、そういうニーズがあるということに『じゃらん』の営業マンは気がついて、露天風呂をタイムシェアリングで鍵付き露天風呂にした。すると、その旅館がすぐに大人気になって予約が埋まる。リピーターもできる。1番いいのは、南京錠つけて紙とバインダーおくだけだから、設備投資もいらないこと。それで、すぐに他の旅館にもそれが広まっていく。20軒も30軒も旅館がやりだしたら、雑誌のひとつの特集になるじゃないですか。

 

結果的に何が起こったかというと…。実家暮らしのカップルが、いつもは渋谷の道玄坂のラブホテルに行っていたのが、『じゃらん』で特集を見て温泉に行ったわけです。多分、シンクタンクの統計データだとラブホテルと温泉旅館のマーケットはきっぱり別れていると思うんです。でも、この特集によって都内のホテルに行っていたカップルが熱海や鬼怒川に流れたわけです。これは誰かわからないけど、ある営業マンの「露天風呂に鍵をつけませんか?」という一言から起こった。

 

誰が言っていた言葉かは忘れたけど、「利口な人は、世の中に自分を合わせる。分からず屋だけが、世の中を自分に合わせようとする」って。だからこそ分からず屋がいないと世の中は進歩しない。「カップルで温泉に来たのにどうして混浴ができないの?」っていうこの不条理。だったら、「1泊4、5万の部屋に泊まれない人でも、タイムシェアで使えばいいじゃないか」ということを言い出したことがすごく大事。

こんな風に僕が今熱弁しているけど、これを平日の昼間にオフィスでできますか?


勇気いるよね。

勇気いるのはわかるけど、マーケターになるっていうことは人の本音と向き合うことなので、こういうことを「けしからん!」とかは言わない方がいいと思う。

僕がマーケティング部長だったら、こういうことを語り合える環境を作るっていうことが、真をつくマーケティングをしていく上では大事なことじゃないかなと思うんです。だから、イケているマーケターであることと、ビジネスエリートであることは一致しない場面もおおいにあると思います。その時に、「あなたはどっちになりたいですか?」という話なんですよ。

電動ドリルを買いに来た客が、本当に求めているもの

マーケティングの有名な質問として、「電動ドリルを買いに来たお客さんは、本当は何を求めているのか?」というものがあります。みなさん、何かわかりますか?

穴。そうです、正解ですけど、これは退屈な正解なんです。

 

たとえば、みなさんがホームセンターの店員をしているとします。それで、8月31日のホームセンターに40歳くらいのお父さんと小学2、3年生くらいの子どもが来たとして、お父さんは電動ドリルを買いに来ています。この人たちは、本当は何を求めているのか…?

 

それは、穴とも言えるかもしれないんだけど、実は夏休みの工作に困っている息子に「じゃあ、パパが手伝ってあげよう」って言って、子どもを連れて電動ドリルを買いに来たのかもしれない。そうなると、お父さんが本当に求めているのは、日頃の疎遠な父と息子の関係を埋めて、「パパすごい!」って思ってもらうことかも。息子からの尊敬のまなざしかも。

 

息子が野球帽をかぶっているような野球少年だったら、「バットとグローブもいかがですか?」とか言えるかもしれないし、なんでもあり得るわけです。

 

また違う場合に、みなさんが多摩ニュータウンみたいな30年くらい前に造成された一戸建てがいっぱいあるようなところのホームセンターの店員だとしますよね。そこに、70代前半くらいの男性が来たとします。その男性が、電動ドリルを買いに来た。でも、本当は何を求めているのかというと…。

 

たとえば、トイレの扉の蝶番がボロボロになって、それを直すために電動ドリルを買いに来たんだけど、その人のことを考えたら、もっと本格的なリフォームを提案するべきかもしれない。

 

あるいは、その男性がちょっと足をひきづっていたら階段がきつくなってきているかもしれないから、「階段に手すりをつけたらいかがですか?」とか…。「電動ドリルを買いにきたんだから穴が欲しいんでしょ?」ではなくて、それをきっかけに、その人はどういうことに悩んでいるのかを考えるのが、マーケターにはすごく大事なんじゃないかな。

大衆理解のための適切なユーザーとの付き合い方とは

たとえば商品を売るために、30代前半の年収600万円くらいの独身女性に売ろうとかはそれはそれでいいんです。

女性誌でいうと『VERY』は小金持ちのファッション系というイメージがあるけど、同じ人が『オレンジページ』を読むかもしれない。ファンタジーとリアリティーというか。でも、このふたつの広告媒体を見たらとても同一人物とは思えないと思います。

 

ところが、実際は『VERY』も読むけど『オレンジページ』も読むんです。

ハイブランドの服も着るけど、ユニクロも着るという人はいるわけですよ。それなのに、「この人はハイブランドの服を買っているから『VOGUE』しか読まないよね」という考えは、浅い考え方で。

そういう人も、時々そうじゃない顔があるはずなんです。人間って、多面的に文脈によって顔が変化する時があるから、それを一面的にたとえば「マイルドヤンキーなんでしょ?」ってラベルを貼っておしまいでは、浅いなあと。

 

有名な話として…、ハーレーダビッドソンのコアユーザーはワイルドな革ジャンとかを着ているかというと、実はそうではなくって。割と平日は、銀行員とか会計士みたいな真面目な仕事をやっているかもしれないんですよ。

「俺って、つまんない人間になっちゃったなあ」とか、思っている中年の人だったりするんですよ。だからこそ、土日くらいはワイルドな自分っていう自己像を投影したくてハーレーダビッドソンに乗ったりするわけです。

 

さっきの電車の前の人の話のように、ぱっと見はすごく真面目そうに見える人が電車で前にいる。

「でも、待てよ…、この人の日焼けの仕方はゴルフじゃないな…、実はサーファーかな?」みたいな。その人はもしかしたら、平日真面目に仕事をしている分、土日は海で開放しているのかもしれない。でも、正直に当てに行ってはダメなんですよね。

 

たとえば、ハーレーダビッドソンに乗っている人がマーケティングリサーチした結果、そういう人だということがわかったとする。それで、次のハーレーのマーケティングCMプランは単刀直入に「ハーレーを平日に乗ってもいいじゃないか」というようなコピーをつけて、メガネの銀行員が革ジャンを着てハーレーに乗って家に帰る、みたいな映像を流すとしたら…それは、本当のハーレーユーザーからしたら嫌がらせみたいなものですよ。

 

あれはあれ、これはこれという風に切り分けておいてほしい。実際にはそうなのかもしれないけど、そうではなくて、その微妙なところに対する配慮。「インサイト」って、本当にぐさっとくる刺し方こそ、刺された方はあまりに威力が強すぎて認められないんですよ。

 

最近、僕が冒険しているなあと思うのは、ジョージアのCMとかマーケティングキャンペーンって、ガテン系の人ばかりが出てくるんです。明らかにリサーチすればわかるんですけど、今、砂糖入りのコーヒーを飲むのはガテン系の人たちがほとんどなんです。オフィスワーカーは、だいたい飲んでも無糖ですね。

砂糖入りの缶コーヒーを飲むっていうことは、要は肉体労働している人が3時の休憩とかで飲んだりするわけです。そういう人に売りたいからって、ガテン系の俳優ばかりをCMで出す。僕はそれに対してあからさますぎるから、ちょっと心配になるんですよね。

 

それに比べて、サントリーは踏み込みが甘いんだけど「世界は誰かの仕事でできている。」という風に言っていて、CMでトミーリージョーンズが交通整備をやっていたりするじゃないですか。ジョージアと同じことをやっているんだけど、あれは「宇宙人ジョーンズ」という役を使った、うまいかわし方。宇宙人で、外国人のトミーリージョーンズを目立たせることで、笑えないところも笑える。だからあのCMはいやらしく見えない。

 

でも、あのサントリーのCMのある種のおしゃれさみたいなものがターゲット層に伝わっているかどうかはわからない。もしかしたら、ジョージアの方が正しいのかもしれないですね。でも、サントリーのあのCMはマーケティング目線で見ると、ある種、画期的なくらい迫りすぎている気がするんですよね。

 

インサイトをつかむことは大事なんだけど、そのつかんだインサイトを実行する時には、繊細に配慮した方がいいと思います。

ファーストスクリーンとしてのスマートフォン

スマートフォンっていうからみんな電話だと思っているけど、あれは電話じゃないですよね、ただのコンピューター。あえてたとえるなら、電話というよりも車に近いと思うんです。

 

みなさん、車は普通にあるという感覚ですけど、人が車に乗るようになったのはせいぜいここ100年くらいで、それまでは買い物って歩いて行くしかなかったわけですよね。それか、電車で行くか。そうすると品揃えが悪かろうが、店長の態度が悪かろうが、自分の行動範囲の半径5キロメートルくらいの中で選ばざるをえなかったわけじゃないですか。

 

でも、車が出てきたおかげでその行動範囲が半径50キロメートルくらいになったとしたら、面積でいうと100倍くらいになったわけですよね。スマートフォンでは、その物理的な制約すら取っ払って、手元で世界中から一番いい安いものを買えるようになったと。今もイベント中にゲームしているかもしれないし、休みの日の旅行の予約をしているかもしれないし、無限の自由があるわけですよ。

 

みなさん、「ショールーミング」って知っていますか?

どこかデパートとかで服を試着するじゃないですか、しかも、複数ブランドをまたいで。

ECでやりにくいのは、複数ブランドをまたいでサイズが合うかとかを確認すること。だから店舗で試着してみて、合うなとわかったら店を出てすぐに『ZOZO TOWN』とか『楽天』とかで検索する。

そうすると、デパートだと5万円したものが3万9,800円とかで売られていて、じゃあこっちで買おうと。

だから、実店舗が全部ショールームになって、実際の購買はネットになってしまうということを「ショールーミング」って言っているんです。

 

手元にスマホがあるっていうことは、世界中から一番安くていいものをすぐに呼び出せるっていう自由がユーザーにはあるわけです。それに対して、デパートの売り上げが下がっているというのは、透明人間みたいなものにじわじわと首を絞められているようなものですね。

ユーザーの方が新しいデバイスが出てきた時には、早く動く。企業は予算計画とかがあったりするから、そうはできない。今がちょうど過渡期かなと思っていて。

 

当社では、「あの人を採用してもいいですか?」とかいう質問にスタンプで「オッケー」って返したり、結構大事なことをLINEでやり取りをしているんです。それは自信があるんですけど、やっぱりメールより早いからです。ビジネスにおいてもスピードは大事だから。

 

でも、今でもネットとかで話題になるじゃないですか。“遅刻することをLINEで伝えるのはありかなしか”みたいなことが。僕は、どっちでもよくない?って思うんだけど…「失礼だ」とか、逆に「既読がつくから便利だ」とかあって。

とにかく、集団として行動する企業文化って、スピードがゆっくりで変わっていかないんですよね。でも、ユーザーは変わっているわけじゃないですか。

 

デパートの店員さんとかで「服が売れないなあ」って思っている人は、ユーザーに置いてきぼりにされているんですよね。ファッション業界って、時代の先端を行っているような顔をしているのに、デジタルとかに関してはすごく保守的で。

ファッション業界に限らず、どうしても企業の方がユーザーに置いていかれていますよね

みなさんも、企業向けのイントラネットとかよりも消費者向けのネットサービスの方が使いやすかったりしませんか?あれ、何ででしょうね、企業のああいう仕組みが使いにくいのは。

 

ユーザーと企業の差はどんどん広がっている。会社の会議とかでも、「社員としてこう思うんですけど」ではなくて「個人としてはこう思うんですけど」っていうのを日頃から言えるような環境がある会社じゃないとダメですよね。

 

LINEを始めとした、ネイティブアプリのマーケティングの難しさ

LINEやFacebookとかのネイティブアプリのマーケティングで、難しいなと思うところはあります。

たとえばシャンプーとかのマーケティングの場合、Aさんがどの銘柄を選ぶかとBさんがどの銘柄を選ぶかは独立していて、個人が勝手に決めるものじゃないですか。ところが、LINEとかFacebookみたいなものは、Aさんが使っているからBさんも使って、Bさんが使っているからCさんも使って、みたいになって、ビジネス用語でいうと「ネットワーク効果」が働くと。

これは、シャンプーとかではありえないわけですよ。むしろ、ファションだったらいかに人と違うかみたいなものが大事なんだけど、「ネットワーク効果」が働くものはそういう風になるので、逆に言えば、“あるティッピングポイントを超えてどうやって意味のあるシェアを取っていくか”ということが、決定的に大事になってきます。

 

いろんな企業がネイティブアプリを出しているんですけど、今の時代、だいたい人が月に10回以上使う1軍のアプリは、せいぜい10個前後なんですよ。

みなさんのスマホの中には多分、40個とか50個くらい入っていると思うんですけど、ほとんど使ったことにないアプリばかりじゃないですか?そういうのを、僕は“タンスの肥やし”じゃなくて“メモリの肥やしアプリ”って呼んでいるんですけど(笑)。

だから、世の中の企業が提供するアプリは、よくも悪くもそうなっちゃっている。

 

ひと昔前だったら、銀行が出す「住宅ローンシミュレーション」みたいなサービスはWebブラウザ上に作ったけど、スマホ時代になった途端に、「住宅ローンシミュレーションアプリ」とかを出すじゃないですか。あれって、いくらでも違うプラットフォームとかに実装できるのに、どうしてアプリのレイヤーでいきなり提供するんだろうって話ですよね。ユーザーは使わないじゃないですか。

 

だから、どこどこの会社の社員のマーケティング部の社員として考えた時じゃなくて、一人の消費者として考えた時に使うかどうか、それを会議で言えるかどうかなんですよ。まあ、僕も言えないんですけどね…。

技術で差がつく時代じゃない。雰囲気作りの時代へ

LINEをマーケティングする視点から語ると、LINEのプロジェクトが動き始めた時、「どうしてSkypeがあるのにやるの?LINEを立ち上げてもSkypeに勝てるわけがない」って言われたんですよ。Skypeは当時、数億人のユーザーに使われていて、スマホ版のSkypeもあったんですよ。それは、わかるような気がするんですよね。今にして思えば、LINEとSkypeは似ているようで違うものだとわかってもらえるけど…。

 

LINEがブレイクした1番の理由は、スタンプ機能があるからだと思っていて。LINEはエモーショナルな価値があると思っているんですよね。

たとえば、コミュニケーションにも2パターンあるじゃないですか。

Skypeを使って会議するように、目的思考型の合理的なコミュニケーション

結論に早くたどり着いて、早く終われば終わるほどいいみたいな。

 

もうひとつは、単身赴任のお父さんと子どもでもいいし、遠距離恋愛の彼氏と彼女でもいいんだけど、「必ず毎日、30分話そうね」とかあるじゃないですか。そういう時、もちろんSkypeでも使えるんだけど、LINEを使ってくれている人も多いわけです。

それは、コミュニケーションを取ること自体が目的になっているんですよ。そういう人にとって、どうやったら楽しく愉快に、気持ちよく使ってもらえるか。

それが、LINEの提供した価値じゃないかなと。

 

そう考えると、「ありがとう」とか「オッケー」とか言っているスタンプって、LINEの中におそらく数千、数万種類あるわけです。エンジニアリング的に考えたら、「ありがとう」とか「オッケー」は1種類でいいわけじゃないですか。ところが、LINE上にはいろんな「ありがとう」や「オッケー」がある。皮肉を込めているかもしれないし、すねているかもしれないし…。そういう時に、今の自分に1番近い「ありがとう」はこれだなって、数100パターンの中から選んで、自分の今の気持ちにぴったりの思いを表現できて、それに対して相手からも反応がサクサク返ってくる。

この、心が響き合っている感じはすごく楽しいわけで、これはただ文字だけでやり取りするのとは全然違う次元になっている。

 

自分の気持ちや感情を言葉で表現しなくちゃいけないっていうこと自体が、極めてインターネット的な、エンジニアリング的な抑圧だと思っていて。

たとえば、メールは件名をつけなくちゃいけないじゃないですか。件名があるっていうことは、要するに「用件がないのに連絡してくるな」っていうことなんですよね。それは、無意識のアーキテクチャとしてそこに想定されているわけです。

 

それに比べて、LINEは件名がない。だから用件がなくても、やり取りすること自体が目的になって、若い人同士だと最後の方はスタンプの送り合いとかになったりするじゃないですか。傍目から見たら、何なのかはわからないんだけど、当人たちはそれでおもしろかったりして、イルカのコミュニケーションじゃないけど、言語を超えたコミュニケーションが成立していると言えなくもないわけじゃないですか。

 

心理学者のメラビアンっていう人がいるんだけど、今日のイベントのように対面で話していることを一言一句漏らさずテキストに書き起こしすることもできるじゃないですか。それだけを見た人 と、こうやって生で対面している状態は93%の情報はノンバーバル(非言語)から来ていて、言語上では7%としかデータ量としてはないらしいんですよね。

その時に、自分の身振り手振りを使わずにどうやって相手へ気持ちを伝えるのか。そうなった時に、スタンプを使うわけです。

 

既読の機能があるのも、自分がメッセージを送って瞬時に既読がついた時って、相手と向き合っているって感じじゃないですか。もしかしたら、すごくモテる男女だったら同時に5人とか10人とLINEでやり取りをしているかもしれない。そうなると、2、3分経っても既読にならないかも。そうすると、これは脈がないかな…とか(笑)。メールだったらそれは絶対にわからないですよね。

 

既読は「うざい」とかいろいろ言われているけど、LINEとしては絶対になくすことはないと思うんです。それは、そういう設計思想だから。これも、語りえなかった抑圧ですよね。アーキテクチャとして実装して表現すると、ああなると。

 

最近、シリコンバレーの中でも下の方の、本当に原っぱが広がっているっているところからサンフランシスコの方にイケている会社が集まってきていたりとか…何が言いたいかというと、テクノロジーもだいぶ成熟してきて、テクノロジーだけで勝負がつくってことは、もうあんまりないんじゃないかなと。

 

そうすると、ある程度の人口密集度の中、社会生活の中でどんな風に受け入れられるかっていう、それこそ「ユーザーインサイト」みたいなことと日々向き合っていないとダメなんだと思います。

LINEも技術的にどうこうではないんですよ。

 

InstagramとかPinterestとかって技術的に同じようなものを作って、たとえばエッチな写真を交換することもできるじゃないですか。ところが何でか知らないけど、あのふたつでは「おしゃれな画像しか載せちゃダメですよ」っていうような場の雰囲気作りをしていて。

これはある意味、広い意味の編集だと思うんですけど、そんな場の雰囲気作りをどうするかみたいなこと。

そういう意味でいうと、空間プロデュース的な考えが求められている時代なんじゃないかなと思いますね、スマホになって、ますます。

 

 

こうして、ユーザーインサイトのお話からスマホ全盛の今のお話まで、幅広く語っていただいたトークセッションが終了しました。田端さん、おもしろい事例を交えたたくさんの興味深いお話を、ありがとうございます!

トークセッション中、田端さんから参加者へ質問を投げかけることも多く、参加者全員が他人事ではなく、自分事として、全員が一体となって考えることができたイベントとなりました。今回でMARKETERS CAMP TOKYOは残念ながら最終回となりましたが、参加されたみなさんは、いかがでしたか?

今回のイベントの受講生から、未来のCMOが生まれる日も近いのでは…?誰もがそんな風に思えた貴重なイベントとなりました。みなさん、本当にお疲れさまでした!